□名護うんちく〜歴史〜

○ペリー来沖

1853年7月、黒船に乗り開国を迫ったことで有名な「アメリカのペリー提督」は浦賀来航の直前である同年5月に名護へ寄航している。ペリーは名護湾の測量を行った。

○オランダ墓

ペリー来航と同じく、日本の開国を求めフランスから来た軍人が、名護へ寄航した。その際、フランス軍人の一人がハブにかまれ死亡。現在でも名護市運天原に「オランダ墓」がある。当時沖縄では、西洋人のことを「オランダ」と呼んでいたため、墓の名前が「オランダ」となっている。

○ブセナは2000年前からリゾート地(?)

万国津梁館で有名な「部瀬名(ぶせな)集落」は、2000年前の九州で作られた弥生土器が出土している。当時から装飾品として利用されていた貝を求めて、九州人が部瀬名集落に出入りしていたと推測されている。

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